鉄道事故
鉄道事故とは、
列車の運転においておきた
事故である。事故といっても遅延などの日常頻繁に起こるものから、死者がでる大惨事までさまざまだが、日本において鉄道事故という場合、死傷者が出たり、衝突、脱線、火災などの規模の大きな事故を指す。
雨や雪などで休止や遅延が発生した場合には、鉄道事故ではなく、輸送障害と呼ばれる。
日本において鉄道事故が発生した場合には国土交通省内の航空・鉄道事故調査委員会によって原因究明と再発防止のため、調査が行われる。
主な鉄道事故(国内)
新橋駅構内で横浜からの列車が到着する際、ポイント通過時に機関車と貨車1両が脱線し転覆。負傷者なし。以後終日運休となった。原因はポイントの故障とされる。日本最初の鉄道事故。
西成線(現桜島線)安治川口駅構内で、列車通過中にポイントが転換したため、通勤旅客で満員のガソリンカー3両編成が脱線転覆。燃料のガソリンへの引火による火災が発生し、190人が死亡した。この事故から、引火しやすいガソリンを鉄道車輌に使用することの危険性が指摘されるとともに、より安全なディーゼル動車の開発が進められたが、戦争に向かう時代の中、燃料統制によりガソリンカーの使用は縮小し、ディーゼル動車の開発も中断されることになった。なお、西成線では、事故後ガソリンカーの使用を中止し、急遽電化工事が行われた。
客車列車が下り勾配で過速度により脱線・転覆。木造客車の破壊により184人死亡。対策として客車の鋼体化改造が進行。
近鉄奈良線の奈良駅発上六駅行の急行電車が、生駒トンネルを走行中にブレーキが効かなくなり、下り坂のトンネルを加速したまま花園駅(現河内花園)で前方の普通列車に追突。死者49人?。原因はブレーキホースの破損とされる。この当時の電車は直通ブレーキであったため、ホースが破損するとまったくブレーキが効かなくなった。
京浜線の電車が、
桜木町駅構内で、碍子交換工事中に誤って切断され垂れ下がっていた架線に接触し、電流の地絡により炎上。死者106人、重傷者92人を出す大惨事となった。被災した電車は、
モハ63形という重要な部品を省略したり、粗悪な代用品を使用したいわゆる戦時設計車であり、その致命的欠陥を露呈した形となった。窓は中段を固定した3段構造であり、扉も非常用コックの位置が分からなかったため開けることができず、車端の貫通路も内開きの開き戸で、満員の乗客の圧力で開けることができなかったため、乗客は脱出路を失い、被害を拡大することとなった。事故後、戦時設計の電車に対し、応急的に車内への防火塗料の塗布、集電装置の絶縁強化、車端部貫通路の整備などの対策が施され、後に徹底的な体質改善工事が実施された。国鉄が、800両にも及ぶ対象車の体質改善工事をわずか2年強で完了したことは、この事故の与えた衝撃の大きさを物語るものといえる。
常磐線三河島駅構内で支線から本線に進入しようとした貨物列車が赤信号の見落としにより
安全側線に進入し脱線、本線を支障したところに本線の上下列車が相次いで衝突した。衝突した列車は脱線、大破し、一部の車両が高架から落下、死者160人を出す大惨事になった。この事故の教訓から、自動列車停止装置(ATS)が、計画を前倒しにする形で国鉄全線に設置されるとともに、常磐線に乗り入れる全列車を対象に
列車防護無線装置が装備された。
走行中の貨物列車後部の2軸貨車が競合脱線したところへ横須賀線の列車が上下方向から突っ込んで衝突し、161人死亡。脱線原因の調査対策が総合的に行われた。
主制御器故障で回送中の東武鉄道の車両が、電気ブレーキ作動状態で走行したため、主抵抗器が過熱発火して火災を起こした。回送中のため死者は発生しなかったが、可燃性の車両部品の使用が見直され、翌年運輸省が耐火基準を強化するきっかけになった(いわゆるA-A基準)。この基準は世界的にも優れたもので、以後の事故防止に貢献している。
北陸トンネル内を走行中の大阪発青森行き客車急行列車「きたぐに」の食堂車床下から火災が発生し、長大トンネル内で立ち往生したため列車が全焼し、30名死亡。これを教訓に列車連結部の扉の防火基準を改善して延焼を防いだ上で、トンネル内火災時には停止せず脱出するよう、運転マニュアルが改められた。
お座敷列車「みやび」が余部鉄橋を横断中、日本海からの突風にあおられて(ということになっているが、鉄橋が曲げられたことによる方が大きいと見られる。鉄橋のすぐ先は日本海)鉄橋より転落し、真下にあった食品工場を直撃し、工場で働いていた5人と車掌1人が死亡した。原因として、列車の運行を規制するための風速計の設置が不十分であったことや地形的な理由などから、列車の運行に支障を及ぼす強風を予測できずに列車を運行してしまったことによる。事故後、国鉄は運行規制基準を見直し、20m/s以上の風が吹くと列車の運行を停止するようになった。
JR東日本の
中央緩行線東中野駅において停車中の列車(10両編成)に後続列車(同)が追突し、後続列車の運転士と乗客1名が死亡、116名が重軽傷を負ったもの。ATSを装備していた線区であるにも関わらず列車が停止しなかった原因は、当時のATS-Sでは作動しても確認動作さえすれば低速で進行して良いという運転規則があり、列車の遅れを回復しようとした運転士がこれに従い進行したために、見通しが悪く下り坂の現場で事故が起きたと見られる。この事故を契機に首都圏の稠密ダイヤ線区では、速度パターン照合により確認動作後も確実に強制停止させられる新型のATS-Pへの切替が進んだ。
出発信号が赤であるにもかかわらず、対向列車の有無を確認を怠って自社の列車を発車させたため、小野谷信号場~信楽間の単線区間で乗り入れてきたJR西日本の臨時快速列車と正面衝突し、42名死亡。信号の不具合の遠因はJR西日本の信号制御の改造と両社の意思疎通の欠如にあったため、遺族が両社を相手取って提訴、1999年の一審で両社の過失認定判決。JR西日本のみ控訴したが2002年の控訴審でも同社の過失を認定し判決が確定した。
地下鉄日比谷線の車両が
中目黒駅に進入する直前に、車両の重量の不均衡など、複数の要因で乗り上がり脱線。脱線した状態のまま駅に進入、線路からはみ出した状態で対向線路の電車と側面衝突。死者5人、負傷者63人を出す事故となった。事故がラッシュ時間帯であったため、犠牲者、怪我人の数が多かった。前年6月に発足した鉄道事故調査検討会の最初の仕事となり、また
航空・鉄道事故調査委員会発足の契機ともなった。
京福電気鉄道永平寺線の上り列車(1両編成)がブレーキ故障により分岐駅である東古市駅(現在の永平寺口駅)に停車せず、本線に進入、下り本線列車と正面衝突し、上り列車の運転士1人が死亡、両列車の乗客ら24人が重軽傷を負った。ブレーキ故障は、ブレーキを作動させるロッドが老朽化により破断したのが原因であり、同社の車両検査体制が問われた。また、事故車のブレーキ制御系統が1系統しかなく、その故障によって列車全体のブレーキ機構がダウンしてしまったことも事故原因として挙げられており、国土交通省は、ブレーキ系統の多重化等の対策を全国の鉄道事業者に指示した。
山手線
新大久保駅で線路に落ちた人を助けようとして、助けに行った韓国人留学生とカメラマンも含め、3名が電車にひかれる。この事故の後、線路に落ちたことを検出できる装置や、足場の設置、緊急停止用ボタンの設置など、駅の安全性を向上させる取り組みが進んだ。
東海道貨物線を走行中の上り貨物列車が、鶴見駅構内に差し掛かった所で、機関車と4両目の貨車が脱線した。脱線した機関車が、架線を支持する鉄柱にぶつかって鉄柱が折れ曲がったため、架線が垂れ下がり、送電ができなくなった。
京福電気鉄道越前本線保田~発坂間で、勝山発福井行きの上り普通列車と福井発勝山行きの下り急行列車が正面衝突して乗員乗客24名が重軽傷を負った。事故原因は、本来、途中駅で対向する急行列車とすれ違う必要があったのを、普通列車の運転士が信号を確認せず早発したという人為ミスであった。国土交通省は、わずか半年で2度もの正面衝突が発生した事態を重視し、翌日からの全線バス代行を指示した。同年7月、「安全確保に関する事業改善命令」が出されたが、同社はその負担に耐えられないとして営業の継続を断念、路線は
福井県と沿線市町村が出資する
第3セクターえちぜん鉄道に引き継がれた。(
2003年7月20日部分開業。
10月19日全線開業)
門司港駅発荒尾駅行き下り
普通列車(7両編成・乗客約180名)が
鹿児島本線海老津駅~教育大前駅間で停止中、無閉塞運転で進行してきた後続の門司港駅発荒木駅下り
快速列車(5両編成・乗客約120名)が追突し、合計134名が重軽症を負った。
国土交通省の
航空・鉄道事故調査委員会の報告によると、追突の経緯は次のとおり:
- (1)先行列車の停止に伴う停止信号によりATSが作動したため後続列車が停止。(2)1分後、15km/hで無閉塞運転による進行開始(規定通り)。(3)中継信号機の進行現示(これは先行列車に対する信号の予告)を自列車のためのものであると誤認し、加速。(4)停止している先行列車に気付き、非常ブレーキを掛けたが間に会わず追突。
直接の事故原因は運転士のミスであるが、ATS作動後も運転士の判断だけで前進が可能な運転規則について、JR東海の類似事故の教訓が生きていない点が指摘された。このため国土交通省鉄道局の指示により、運転士の判断で無閉塞運転を行っている28事業者は同年5月までに「運転指令の指示を受け、運行を開始する」方式に変更した。
また、車両の破損状況の調査結果から、衝突時の車両の安全性向上に関する取組みの強化が指示された。
長崎県諌早市高天町のJR九州長崎線の肥前長田-小江間で
特急かもめ46号が線路上の石に衝突し脱線、転覆した。この事故で乗員乗客36名が負傷。列車は6両中の1両目が前後逆向きになって線路脇に横転、2両目が水田に突っ込み、3両目が2両目に乗り上げるという大規模なもの。
車両は
885系特急電車でアルミニウム合金のダブルスキン構造を用いた軽量車体であるが、車両の落下場所が梅雨期の水田で衝撃を和らげたこともあり、比較的負傷者が少なくて済んだと見られる。石は直径80cm、質量約130kgで、線路脇の斜面にあったものが降雨による地盤の緩みで落下したものと思われ、線路周囲の法面の点検の徹底が国土交通省から指示された。
主な鉄道事故(海外)