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薩摩藩

薩摩藩(さつまはん)は現在の鹿児島県周辺にあって、薩摩大隅22国と日向の一部、そして南西諸島を支配した。島津藩、鹿児島藩とも呼ばれる。藩庁は鹿児島城。藩主は島津氏。家格は外様大名で、77万石。

島津氏は鎌倉時代初期に薩摩・大隅・日向3国の守護に任ぜられて以来、この地方に根を張ってきた守護大名・戦国大名で、1587年の豊臣秀吉九州征伐によって豊臣氏に服属した後もそのまま3国にまたがる所領60万石の支配を認められた。関ヶ原の戦いも西軍につくが、本領を安堵。1609年琉球に出兵して琉球王朝を服属させ、琉球の石高12万石を加えられた(もっとも薩摩藩の琉球支配は年貢よりもむしろ貿易が利益をもたらした)。その他加増を受けて77万石の大藩となる。

旧支配者から転封を経ずに近世大名にスライドした薩摩藩は、旧来の支配体制を残し、外城(とじょう、鹿児島城下に集住させず領内に分散した外城と呼ばれる拠点に居住させる)や門割(かどわり、農民を数戸ごとに門というグループに分け、門ごとに土地を所有させる)などの独特の制度をもった。

しかし、多くの郷士を抱え、士分の者が全人口の4分の1を占める上、土地が貧しく、かつ台風火山噴火など自然災害の被害を受けやすかったため、財政が窮迫。1753年に幕府に命じられた木曽三川改修工事の多大な出費により藩財政はほとんど破綻に向かった。

しかし、1827年、調所広郷を中心に藩政改革が断行され、藩債整理、砂糖専売制強化、琉球貿易拡大などを打ち出したことにより財政は好転。1851年に藩主となった島津斉彬のもとで洋式軍備、藩営工場の設立を推進し、幕末の雄藩として台頭した。

斉彬の死後、藩主忠義の実父である斉彬の弟島津久光が実権を掌握。公武合体派として雄藩連合構想の実現に向かって活動するが、薩英戦争の敗北を経て西郷隆盛ら倒幕派の下級武士が主導権を掌握。長州藩と薩長同盟を結んで明治維新の原動力になった。

琉球を除く薩摩藩領は、廃藩置県を経て鹿児島県となる。

支藩

佐土原藩(日向国

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