近畿日本鉄道
近畿日本鉄道(きんきにっぽんてつどう)とは、大阪府・奈良県・京都府・三重県・岐阜県の2府3県に跨る、JRを除く日本の鉄道会社の中では最長の路線網を持つ大手私鉄。近鉄(きんてつ)と呼ばれる。関西圏と中京圏を結ぶ唯一の私鉄。多数の企業を擁する近鉄グループを抱え、様々な事業を行っている。本社は大阪市天王寺区上本町6丁目1番55号。
| Table of contents |
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2 路線網 3 主要駅 4 列車 5 提携など 6 代表的な近鉄グループ企業 7 関連サイト |
歴史
前身である大阪電気軌道が1914年4月30日上本町~奈良間を開業させたのが始まり。1921年天理軽便鉄道を買収し、1923年畝傍線(現在の橿原線)、1927年八木線(現在の大阪線布施~八木間)を全通させ天理・橿原神宮までの路線網を確立した。
続いて伊勢を目指し、同年参宮急行電鉄を設立。1930年上本町~山田(現在の伊勢市)間が全通し直通運転を開始、翌年宇治山田駅まで開通した。この間に吉野鉄道・伊賀電気鉄道などを合併している。 1936年参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併。1938年関西急行電鉄による関急名古屋(現在の近鉄名古屋)延伸により、名古屋へのルートも確立した。
1940年参宮急行電鉄が関西急行電鉄・養老鉄道を合併。さらに1941年大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併し関西急行鉄道となった。そして戦時企業統合政策により1943年現在の南大阪線の前身の大阪鉄道を、1944年4月1日南和電気鉄道・信貴山急行電鉄を合併。同年6月1日関西急行鉄道と南海鉄道が合併、近畿日本鉄道が発足した。この間1942年に、元伊勢電気鉄道の路線の一部、伊勢線の新松阪~大神宮前(伊勢)間が、参宮線も含めた3路線競合区間でもあり、不要不急路線として廃止となった。
戦後の1947年6月1日旧・南海鉄道の路線が南海電気鉄道として分離された。1958年伊勢特急に2階建て車両付きの特急ビスタカーが登場した。また当時軌間の違いから名阪間は中川で乗り換えが必要だったが、1959年伊勢湾台風による被災を機に、予定されていた改軌工事を前倒し実施して、復旧とともに名古屋線を標準軌化。名阪特急の直通運転を開始した。
1961年伊勢線の残りの区間、江戸橋~新松阪間廃止。津市街の一部区間はしばらくの間、三重交通バス専用道路とされ、意味合いとしては代行バス的な運行が行われた。1963年奈良電気鉄道を合併し京都線となる。1964年信貴生駒電鉄、1965年三重電気鉄道・茨木バスの合併・事業譲渡を受け現在の路線網がほぼ完成した。1970年難波線・鳥羽線の開通、志摩線改軌により近鉄難波~賢島間直通の特急の運転を開始した。
1988年名阪特急にアーバンライナーが登場し120km/h運転を開始。1990年吉野特急にさくらライナー、1994年伊勢特急に伊勢志摩ライナーが登場した。 1986年東大阪線が開業。1999年バス部門を近鉄バス・近鉄観光バスに分社。2003年北勢線を三岐鉄道へ譲渡した。
路線網
主要駅
列車
特急列車
提携など
代表的な近鉄グループ企業
関連サイト






