食堂車
食堂車とは、鉄道の客車の一つで、車内に給食設備を設けているもの。日本の鉄道では、1両の一部でも給食設備を備えているものを指す。構造上、1両の半分(実際には2/3程度)をそのようなスペースを持つものをビュッフェ・ビュッフェ車と称するものを備える客車もある。
| Table of contents |
|
2 現状 |
歴史
日本初の食堂車は、1899年5月25日に山陽鉄道(現在の山陽本線)が運行した官設鉄道京都駅~山陽鉄道三田尻駅(現在の防府駅)間の列車に連結した食堂付一等車である。しかし当時、食堂車が使えるのは一等車・二等車の乗客だけであった。三等車の乗客は駅弁を食べるか、持参の弁当を食べるしか車内で食事をとる方法がなかった。その後、官設鉄道や他の私鉄も食堂車を連結するようになり、第一次世界大戦後には三等車の乗客も食堂車を利用できるようになった。第二次世界大戦による一時的な中断はあったものの、長距離を走る特急列車・急行列車・一部の普通列車には昼行・夜行問わず、必ずと言って良いくらい食堂車が連結されるようになった。
1960年代頃より普通列車・急行列車が徐々に客車から電車・気動車化される際に気動車では製作されなくなかったこともあり夜行列車を除いては廃止されていき、特急列車が中心になっていった。また、急行列車が電車化される際には、ビュッフェ車を連結することもあった。
1964(昭和39)年開業の新幹線には列車の速度が速く、乗車時間が短い事からビュッフェ車を連結していたが、1975(昭和50)年に新幹線の博多駅乗り入れに際して食堂車も合わせて連結した。1985(昭和60)年に東海道・山陽新幹線に2階建車両新幹線100系電車がデビューした際にも食堂車も2階建車両として連結した。
在来線においては1972年以降より、食堂車を連結しなくなったり、連結していても営業はされないことが多くなった。これには以下のような理由がある。
- 1972年に発生した北陸トンネル火災事故の出火原因が食堂車の石炭コンロであったため、火を使っての調理などが出来なくなったため。また、旧型客車を廃止する代わりの車両が旧国鉄の財政難により製作できなかったため
- 旧国鉄の合理化および労使間の抗争によるサービス低下のため
- 列車の速度が速く、かつ、走行距離が短くなってきたことで、列車に乗車する時間が短くなり、乗車中に食事をする必要性が減少したため
- 特に1990年代以降、コンビニエンスストアなどにおける弁当販売の普及などにより、食堂車の利用率が低下したため
現状
現在の日本の鉄道では、夜行列車の北斗星・カシオペア・トワイライトエクスプレスにのみ食堂車が営業している。また夜行列車の中には、営業していないが「フリースペース」として食堂車を連結している列車もある。ビュッフェについては、JR九州の豊肥本線を走るゆふいんの森に連結されている。
北斗星・カシオペア
これらの列車の食堂車には、出発時より21時頃までの間については「ディナータイム」として和洋のコース料理のみの営業で予約制であるが、その時間を過ぎると23時までは「パブタイム」として列車利用者であれば予約なしで利用が出来る。また、翌朝6時30分より朝食営業を行っている。予約がない時間については列車利用者はいつでも利用できるが、朝食については数が少ない場合が多い。トワイライトエクスプレス
トワイライトエクスプレスについては、16時から21時までを乗車前からの予約制である「ディナータイム」としており、翌朝6時30分より予約制の「モーニングタイム」とし、車内で予約をする。ゆふいんの森
ビュッフェであるが、始発駅である博多駅・大分駅より、目的地の由布院駅まで2時間程度であるため、移動中の喫茶店としての側面が強い。






