足利尊氏
足利尊氏(あしかがたかうじ、嘉元3年 - 正平13年/延文3年4月30日=ユリウス暦1305年 - 1358年6月7日)は日本の鎌倉時代末期から室町時代初期の武将。征夷大将軍となり室町幕府を興した。
元服の際に執権北条高時より諱を得て「高氏」と名乗る。元弘の乱では1333年に後醍醐天皇に通じ、丹波篠村で反幕府の兵を挙げ六波羅探題を討伐した。当初は建武中興に寄与し、後醍醐天皇の名から一字を賜り「尊氏」と改名した。
しかし1335年に関東で中先代の乱が起きると鎌倉に下り、そのまま上洛を拒んで建武政権と訣別した。尊氏を討伐しに下った新田義貞の軍を破って京に上ったが、1336年には尊氏を追って奥州から上洛した北畠顕家に敗れて九州に下る。しかしその途中で持明院統の光厳上皇の院宣を得て名分を確保し、西国の武士を傘下に集めて再び東上、湊川の合戦で義貞や楠木正成を破って京都を制圧し、後醍醐天皇は吉野へ逃れた。尊氏は 光明天皇(北朝)をたて、ここに南北朝時代が開始された。
- 1338年 - 征夷大将軍(室町幕府初代)となる。
- 1350年 - 観応の擾乱
- 1352年 - 弟である足利直義を殺害。
- 1358年死去。
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