山陽鉄道
1887年(明治20年)1月、中上川彦次郎を社長に迎えて設立。本社は、神戸の西柳原町に置かれた。1888年(明治21年)11月1日に兵庫-明石間が開通し、12月23日には、明石-姫路間が開通した。翌年の1889年(明治22年)9月1日に神戸-兵庫間が開通。 その後、岡山・広島を経て1901年(明治34年)5月27日に山口県の馬関(現在の下関)まで開通して、神戸-馬関間の路線が全通した。
1906年(明治39)12月1日に鉄道国有法により国有化され国鉄山陽本線となった。
山陽鉄道で日本で初めて実現されたものが多い。
長距離急行列車、車内灯の電化、ボーイの添乗、食堂車の連結、一等寝台車の投入、3軸ボギー車の投入、真空制動機の採用、ステーションホテル設置など。
また、全線が開通した1901年(明治34年)には日本初の優等列車「最急行」を走らた。






