名鉄名古屋本線
名古屋本線(なごやほんせん)とは、岐阜県岐阜市の新岐阜駅から愛知県豊橋市の豊橋駅を結ぶ99.8kmの名古屋鉄道の鉄道路線である。軌間1067mm。新岐阜~神宮前、金山~豊橋間複線、神宮前~金山間複々線。全線直流1500V電化。岐阜~豊橋間の都市を結ぶ名古屋鉄道の幹線である。国鉄時代は運転本数で優勢だったものの、JR移行後に新快速などの運転が行われるようになった東海道本線と激しい競争を繰り広げている。
小坂井駅~下地駅間の平井信号所でJR飯田線に合流し、平井信号所~豊橋間を名鉄名古屋本線と共用している。JR東海が所有する下り線を飯田線と名鉄の下り列車が通り、名鉄が所有する上り線を名鉄と飯田線の上り列車が通る。名鉄の列車はこの区間の飯田線の駅である船町駅・下地駅には停車しない。JR東海との協定によって、この区間で名鉄の車両が乗り入れる事が出来るのは毎時6本と決められている。
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2 運行形態 3 駅一覧 4 列車種別と停車駅 |
1914年6月2日美濃電気軌道が笠松線として広江(のちに廃止)~笠松(のちの笠松口、のちに廃止)間を開業。同年12月26日新岐阜~広江間が開業した。
1924年2月15日尾西鉄道が中村線として国府宮~新一宮間を開業。翌1925年8月1日尾西鉄道は名古屋鉄道に合併され、中村線は国府宮支線となった。
1928年2月3日名古屋鉄道が西清洲(現在の新清洲)~国府宮間を開業。西清洲~新一宮間を名岐線とした。同年4月10日丸ノ内~西清洲間が開業して清洲線と繋がり、須ヶ口~新一宮間が名岐線となった。
1930年8月20日名古屋鉄道が美濃電気軌道を合併。同年9月5日に名岐鉄道に社名変更した。名古屋~岐阜間の連絡は尾西線の木曽川橋駅と笠松線の笠松駅の間を介して行われていたが、1935年4月29日新一宮~新笠松(現在の笠松)間が開業。須ヶ口~新岐阜間が名岐線となり、当時の名古屋側のターミナルであった押切町駅から新岐阜駅まで直通の特急が運転された。
1941年8月12日枇杷島橋~新名古屋間が開業。新岐阜~新名古屋間が名岐線となった。1944年9月1日新名古屋~神宮前間の東西連絡線が開業し名岐線と豊橋線が結ばれるが、名岐線は600V電化、豊橋線は1500V電化であったので直通できず新名古屋駅で乗り換えが必要だった。同年12月21日名岐線を新岐阜~金山間、豊橋線を金山~豊橋間とする。戦後の1948年5月16日名岐線の1500V昇圧により新岐阜~豊橋間が名古屋本線となり、直通運転が開始された。
歴史
新岐阜~新名古屋間が名古屋鉄道が合併した会社の路線を繋げ合わせて成立。新名古屋~豊橋間は愛知電気鉄道により都市間をほぼ一直線に結ぶ高速鉄道として建設された。名岐線
最初の開通区間は枇杷島橋(現在の枇杷島分岐点)~須ヶ口間で、1914年1月23日名古屋電気鉄道が津島線として開業させた枇杷島橋~新津島(現在の津島)間の一部である。
同年9月22日には清洲線として須ヶ口~丸ノ内~清洲(のちの清洲町、のちに廃止)間が開業した。
名古屋電気鉄道は市内線を名古屋市に譲渡することになり、1921年7月1日津島線・清洲線などの郡部線を新会社の名古屋鉄道に移管した。豊橋線
一方、豊橋側は、常滑線を営業していた愛知電気鉄道が1917年3月7日有松線として開業させた神宮前~笠寺(現在の本笠寺)間が最初の開通区間である。同年5月8日に有松裏(現在の有松)駅まで開業。1923年4月1日新知立駅まで開業し岡崎線に改称。同年6月1日に西岡崎(現在の岡崎公園前)駅、8月8日には東岡崎駅まで開業。1926年4月1日小坂井駅まで開業し豊橋線に改称。豊川鉄道(現在の飯田線)豊川駅までの乗り入れを開始した。
1927年6月1日伊奈信号所(現在の伊奈駅)~平井信号所~吉田(現在の豊橋)間が開業し豊橋線が全通した。伊奈~小坂井間は小坂井支線となったが、1954年末に廃止された。名古屋本線成立
1935年8月1日名岐鉄道が愛知電気鉄道を合併し、名古屋鉄道となった。運行形態
新岐阜~豊橋間に昼間時間帯で毎時特急4本、急行2本が運転されている。普通列車は伊奈~豊橋間の乗り入れ本数の制約から新岐阜~伊奈間にしか運転されていない。そのほか、犬山線や常滑線など各支線との直通列車が多数ある。駅一覧
新岐阜~新名古屋間
新名古屋~豊橋間
列車種別と停車駅
;特急
;急行
;普通
()内の駅は一部の列車が停車。途中駅で種別が変わる列車あり






