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前近代中国史書での日本の記述

Table of contents
1 日本の1世紀前後の様子が分かる中国の史書

日本の1世紀前後の様子が分かる中国の史書

『論衡(ろんこう)』

倭人について
「周の時、天下太平にして、倭人来たりて暢草を献ず」(異虚偏第一八)
「成王の時、越常雉を献じ、倭人暢を貢ず」(恢国偏第五六)
「周の時は天下太平、越裳は白雉を献じ、倭人来たりて暢草を献ず」(儒僧偏第二六)
とみえる。

記事について

  1. 周(西暦前1050-西暦前256)、春秋・戦国と続き、秦、前漢、新、後漢と続いていく。

選者や書について

  1. 王充(おうじゅう)の書。哲学思想上異端の書といわれる。王充は、27年会稽(かいけい)郡上虞(じょうぐ)県で生まれる。もとからの江南人ではない。華北からの移住者であった。

『漢書』

『漢書』の地理志に
「楽浪の海中に倭人有り、分かれて百余国となり、歳時を以て来たり、献見すという」
とある。

記事について

  1. 楽浪は、漢(西暦前202-8)の武帝が西暦前108年に朝鮮半島に設置した四郡の一つである。その役所は、今日の朝鮮民主主義人民共和国の平壌付近にあった。四郡とは、真番郡・玄菟郡・楽浪郡・臨屯郡をいう。
  2. 倭国が百余国に分かれていた。その百余国が、楽浪郡に外交的な交渉を持っていた。中国人の目に、”国”として写っていた。弥生中期の初め頃(西暦前一世紀頃)に当たっている。

選者や書について

  1. 班固(はんこ)が後漢(25-220)の初め頃に編纂した。

『後漢書』

『後漢書』の倭伝に
「建武中元二年、倭奴国、貢を奉じて朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武賜うに印綬を以てす」
とある。

記事について

  1. 建武中元二年は、57年。北九州の奴国王は、出先機関の楽浪郡にではなく、使者をはるばる後漢の都の洛陽にまで派遣していた。

選者や書について

『魏志』

「倭人在帯方東南大海之中、依山島為國邑。舊百餘國、漢時有朝見者。今使譯所通三十國」(『魏志』巻三〇「烏丸鮮卑東夷伝 倭人の条」

記事について

  1. 倭人伝にえがかれた時代は、後漢の終わり頃から三国鼎立の時代であった。
    華北に魏、華中・華南に呉、長江(揚子江)の上流四川を中心にして蜀がある。
  2. 南北に対立した魏の範囲と呉の範囲は、のちの南北朝時代にもそれぞれ北朝と南朝として地域的対立する。
  3. 中国では中央に居住する華夏族(漢民族)に対して、その周辺に居住するものを、東は夷、南は蛮、西は戎(じゅう)、北は狄(てき)と称した。
  4. 東夷には、○夷(けんい ○は、田偏に犬)、干夷(うい)、方夷、黄夷、白夷、赤夷、玄夷、風夷、陽夷の九夷あるとされていた。

選者や書について

  1. 『魏書』『呉書』『蜀書』(通称『魏志』『呉志』『蜀志』)をいう。
  2. 「東夷伝」には、夫余(ふよ)・高句麗・東沃沮(とうよくそ)・□婁(ゆうろう)・○(わい)・馬韓・辰韓・弁辰・倭人の九条が含まれている。(□は手偏に邑、○は穢の禾偏をさんずい偏に代える。)
  3. 倭人の条が中華書局標点本で数えると六一条になり、一番多い。各条は、三部からなり、第一部はその周辺との関係位置や内部の行政区画を語り、第二部はその経済生活や日常習俗を述べ、第三部はその政治外交上の大事件を録している。

これらの書の外に『魏略(ぎりゃく)』・(魚拳(ぎょけん)撰の佚文(いつぶん)(一部しか伝わらない文章))、『翰苑(かんえん)』(唐の張楚金(ちょうそきん)撰の残卷(日本抄本)には、『魏略』の引用が多い。)『史通(しつう)』(唐の劉知幾(りゅうちき)撰。)



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