中華民国
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| 国のモットー: なし | ||||
| 公用語 | 中国北京語 | |||
| 首都 | 台北¹ | |||
| 総統 | 陳水扁 | |||
| 行政院長(首相に相当) | 游錫堃 | |||
| 面積²
- 総面積 - % water | 134位
35,980 km² 10.3% | |||
| 人口 ²
- 総人口 (2002年) - 人口密度 | 47位
22,548,009 627/km² | |||
| 建国 | 1912年1月1日 | |||
| 通貨 | NT | |||
| 時間帯 | UTC +8 | |||
| 国歌 | 三民主義 | |||
| ドメイン | .TW | |||
| 国際電話番号 | 886 | |||
| (1) 中華民国の首都は公式には 南京であり、台北は暫定的な首都という位置付けである。 (2) 実質上の支配領域(台湾)の数字。 | ||||
中華民国(Republic of China)、清朝後の中国に興り、現在の台湾を支配する中国人の国家。首都は南京(ナンキン)と定めているが南京は中華人民共和国の支配下にあるため、事実上の首都は台北(タイペイ)。現在中華民国政府の統治下にあるのは台湾省(台湾本島および周辺諸島)と福建省の一部(馬祖・金門)のみである。日本政府は中国の主権国家として中華人民共和国を承認しているので、中華民国を承認していない。(行政区分については中華民国の行政区分を参照のこと)
なお現在日本では中華人民共和国に配慮し、中華民国の呼称を避け台湾やチャイニーズタイペイといった呼称を用いる事がある。しかしこれは中華人民共和国による台湾支配の正当化につながりかねない物として、特に台湾独立派を中心に批判が多い。
国民党の支配のもとで中国全土を掌握していたが、中国共産党との戦いに敗れて台湾島に逃れた。このため中華民国の支配地は台湾だけとなってしまった。現在は国民党による独裁は廃され、民主化されている。中華民国自身は、「こちらが正統な中国である」と主張しており、中国の国家分断の片割れといえる。
| Table of contents |
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2 年号 3 台湾と外交関係を有する27ヶ国 4 外部リンク |
歴史
辛亥革命(1911年)により清朝が滅亡(1912年)して建国された中華民国に始まる。
後に、孫文の中国国民党にいた蒋介石による国民政府が政権を執る(1927年)が、国共分裂、十五年戦争(=日本軍の侵略。1931年満州事変から1945年太平洋戦争終結まで)、国共内戦(1945年-)などにより国家としては混乱が続いた。
1949年に、代わって中国共産党による中華人民共和国が建国され、国民政府=中華民国は台湾へと移転した。
中華民国・中華人民共和国ともに全領土への支配権を主張するために、両者の関係は微妙である。国際社会においては、はじめ中華民国が国際連合の加盟国(安全保障理事会の常任理事国)となっていたが、アメリカの方針転換により中華人民共和国に変わった。台湾では、外省人に対するネイティヴの台湾人の地位の向上もあって、大陸の領土を放棄して独立を目指す動きが次第に高まり、統一か独立かで国論が割れている。このため、国民投票によってこの問題を解決しようという機運が高まっている。中華人民共和国は台湾を台湾省として国土の一部として扱っているため、このような動きに対してはナーヴァスになる。
このような中、2003年6月に陳水扁総統が建設中の原子力発電所の工事を中止するかどうかなどを問う住民投票を行うと宣言したのが機縁となり、2003年11月27日には、立法院(立法機関)が公民投票法案(国民投票法案)について採決を行った。採決は全38条について逐条で行われたが、最も注目の集まったのは適用範囲に関する条項であった。これについては、民主進歩党(少数与党)案(国名、国旗、領土の変更も提議できるとするもので独立色が強い)ではなく、国民党・親民党(多数野党)案(これらの問題に明言を避けるもの)が、賛成多数で採択された。陳水扁総統が目指していた2004年3月20日の総統選との同時実施は断念された。
年号
現在中華民国は独立を果たした1912年を民国元年とする中華民国暦を西暦と併用している
台湾と外交関係を有する27ヶ国
エル・サルバドル、グァテマラ、グレナダ、コスタ・リカ、セント・ビンセント、セント・クリストファー・ネービス、キリバス、ドミニカ共和国、ニカラグア、ハイチ、パナマ、ベリーズ、ホンジュラス、パラグアイ、バチカン、ガンビア、サントメ・プリンシペ、スワジランド、セネガル、チャド、ブルキナ・ファソ、マラウイ、リベリア、ソロモン諸島、ツバル、マーシャル諸島共和国、パラオ共和国






