劉邦
劉邦は紀元前200年頃の人で、字を季といった。 沛県の亭長だったが、反秦連合に参加し、秦の都咸陽を落として一時は関中を支配下に入れるものの、項羽によって西方の漢中へ左遷され、漢中王となる。 後に東進して垓下に項羽を討ち、中国全土を統一、前漢を起こした。 漢の高祖。生年や父母については不祥とされている。 また、名も字も壮年男性を指す一般名詞であり、本名すら不祥であるという人もいる。
独善的で暴虐非道と言われた項羽に対して、丞相蕭何や張良、陳平らの意見によく耳を傾け、軍事においては韓信を重用するなど器の大きさを見せるが、前漢王朝の成立後は人が変わったように疑心暗鬼に捕らわれ、功臣を次々と粛正した。
妻は呂后(一般には呂太后として知られる。『史記』にも本紀が立てられている)、息子は前漢二代皇帝の恵帝。
劉邦に関する著述は、司馬遷の『史記』高祖本紀、司馬遼太郎による小説『項羽と劉邦』が有名であるが、最近では横山光輝による漫画『項羽と劉邦』が読みやすくて良い。






