五稜郭
ごりょうかく五稜郭は、日米和親条約締結による箱館開港に伴い、防衛力の強化と役所の移転問題を解決するために築造された。設計を担当したのは、武田斐三郎。銃砲による戦闘が一般化した後のヨーロッパにおける築城の様式を採用し、堡を星型に配置している。
当初は外国の脅威に立ち向かうために築造が計画されたが、脅威が薄れていくとともに築造の目的が国家の威信になった。そのため、当初の計画は縮小され、半月堡も一カ所しかつくられなかった。
五稜郭は、戊辰戦争の最後の戦いの地として有名。明治元年10月26日、大島圭介隊と土方歳三隊の両隊が五稜郭を占拠するが、明治2年5月18日、新政府軍に明け渡される。
国の特別史跡。現在は、桜の名所としても知られる。






