川端康成
川端 康成(かわばた やすなり、1899年(明治23年)6月14日 - 1972年(昭和47年)4月16日、73才)は、日本初のノーベル文学賞受賞作家。
大阪市天満此花町生まれ。幼くして両親を亡くし、祖父母と共に大阪府下三島郡へ転居した。その後、8歳で祖母、16歳で祖父が亡くなり、母の実家に引き取られた。1917年に第一高等学校に入学。1920年、東京大学英文科に入学するが、翌年国文科へ転科。大学時代に第 6 次の「新思潮」を発行し、そこで発表した作品をきっかけに、菊池寛に認められ、交流を持つようになり、文壇への道が開けた。
1924年に大学を卒業し、同人誌「文芸時代」を創刊。この同人誌には、新感覚派(感覚的にとらえた現実を知的に構成していく作風)と呼ばれた、新進作家が集まった。
1968年にノーベル文学賞を受賞し、「美しい日本の私」という講演を行った。その3年後に、門下の三島由紀夫の割腹自殺などによる強度の精神的動揺から、ガス自殺した。






