大和郡山市
大和郡山市(やまとこおりやまし)は、奈良県の市の一つで、古くは郡山と呼ばれ、1954年の郡山町の市制施行時に福島県の郡山市と区別するために「大和郡山市」と定められた。
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| Table of contents |
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2 歴史・沿革 3 産業 4 交通 5 外部リンク |
隣接する自治体
奈良県奈良市、天理市、生駒市、生駒郡安堵町、斑鳩町、平群町、
磯城郡川西町、
歴史・沿革
古くは、稗田阿礼を輩出した稗田の環濠集落などが知られる。(cf.賣太神社)
都市の形が形成されたのは、戦国時代末期に筒井順慶が郡山城に拠り、その城下町が発達してからである。順慶亡き後1585年に豊臣秀長(当時羽柴秀長)が郡山城に入り、郡山はこの時期大和国の中心都市として栄えた。
江戸時代に入ってからは、松平忠明に始まる松平家、本多政勝に始まる本多家、柳沢吉里に始まる柳沢(柳澤)家が郡山藩藩主となった。また片桐且元または片桐貞隆に始まる片桐家が小泉城に入り、小泉藩(片桐藩)藩主となった。
藩籍奉還・廃藩置県に始まる紆余曲折を経て、1887年に奈良県が再置された後、1889年の町村制実施で8つの町村(郡山町、筒井村、矢田村、本多村、平端村、治道村、平和村、片桐村)が誕生。
産業
金魚
当市では、江戸時代より武士の副業として始められた金魚の養殖が大変に盛んであり、輸出もされている。山形県の庄内金魚と市場を大きく二分するほどのシェアを誇る。
しかし最近では後継者不足や市場の低迷から、廃業して養殖池を宅地などに転用する業者が相次いでおり、かつては市内のあちこちに見られた養殖池は年々減っている。
近年、市の後援や地元の業界団体などにより「全国金魚すくい選手権大会」[1]などが開催されるなど、市場の活性化に向けた様々な試みが行われている。昭和工業団地
当市南部の昭和地区には、昭和40年代頃から多くのメーカーの工場が誘致され、現地では昭和工業団地として知られる。
同じく南部を東西に横切る西名阪自動車道とのアクセスがよい。







