ジョージ・セル
ジョージ・セル(George Szell または Georg Szell, 1897年6月7日 - 1970年7月30日)はハンガリーのブダペストに生まれ、合衆国クリーヴランドに没した指揮者である。幼くしてピアノ演奏に才能を示し、ヴィーン音楽院でピアノ、指揮、作曲を学んだ。作曲家としての作品も残したが、指揮者の道を選び、リヒアルト・シュトラウスの教えを受けた後、ストラスブールの歌劇場をはじめドイツ各地の歌劇場でキャリアを積んだ。1939年オーストラリア・合衆国への演奏旅行中に第二次世界大戦が勃発したため、帰国をあきらめそのまま合衆国に定住した。トスカニーニの援助で彼のNBC交響楽団の客演指揮者として迎えられた後、メトロポリタン歌劇場でも指揮をとった。1946年、ラインスドルフの後任としてクリーヴランド管弦楽団の常任指揮者に就任、当時一流楽団とはいえなかった同オーケストラを鍛えぬいた結果、程なく全米の「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる第一級のオーケストラのひとつとして高い評価を得るに至った。
- 他の4楽団は、ニューヨーク・フィルハーモニック(レナード・バーンステイン)、フィラデルフィア管弦楽団(ユージン・オーマンディ)、ボストン交響楽団(シャルル・ミュンシュおよびエーリッヒ・ラインスドルフ)、そしてシカゴ交響楽団(フリッツ・ライナーおよびジャン・マルティノン)である(括弧内は1960年代の常任指揮者名)。ここはあとで項目を作って移動か?
セルは厳しい訓練により、クリーヴランド管弦楽団で世界最高のアンサンブルと称えられるまで完成度の高い合奏を実現した。その正確な演奏をベースに端正で透明度の高い、均整の取れた音楽を構築し、主観的な感情移入に頼らず作品のもつ魅力を引き出した。特にハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンら古典派の作品における完成美は評価が高い。さらに、優れたオーケストラ合奏によりロマン派の演奏でもいくつかの傑出した演奏を行なった。レコード録音に残るシューベルト、シューマン、ブラームス、R.シュトラウス、ドヴォルザークなどの演奏は特に優れたものといえる。
反面、あまりに精密な演奏と禁欲的で客観的な演奏はしばしば冷たいと評される事もあり、マーラーやブルックナーなどでそうした批判も聴かれた。彼は良くも悪くも「完璧主義者」と評されることがしばしばある。しかし、晩年の録音では円熟というべきか、角がやや取れた演奏も残しており、突然の病魔に襲われなければさらに高い境地に達していたのではないかと惜しむ声も多い。
セルに批判的な聴衆は、晩年彼がウォルター・レッグと行ったEMI録音、例えばドヴォルザークの交響曲第8番ト長調作品88や、シューベルトの交響曲第9番ハ長調、ブラームスのヴァイオリン協奏曲や二重協奏曲(ダヴィッド・オイストラフとムスティスラフ・ロストロポーヴィチとの共演)、マーラーやR.シュトラウスの歌曲(シュヴァルツコップとフィッシャー=ディースカウとの共演)などを聴くことをお勧めする。特にマーラーの録音は四人の完璧主義者(四人目とはプロデューサーのレッグである)が最善を尽くした力作である。






