アメリカ帝国
アメリカ帝国は、正式な用語ではないが、世界の至る所でのアメリカ合衆国の影響、および領土の拡張傾向を集団的に記述するために、しばしば使用される。スペイン・イギリス・フランスなど他の多くの強力な西洋諸国と異なり、アメリカはその歴史の初期では帝国主義的拡張や征服に参加した国ではなかった。アメリカが帝国主義へと変化したのは米西戦争以降で、これは部分的にはヨーロッパ・スタイルの領土拡張主義に興味を持っていたアメリカの政治家およびビジネスマンによって引き起こされたものである。戦争の後に、敗北したスペイン王国は、そのほとんどの植民地をアメリカへ譲ることに合意した。
以下のリストは、ある時期、あるいはそれ以上の期間にわたって「アメリカ帝国」の一部、つまりアメリカに併合され、しかも独立国家の地位や自治は与えられなかった植民地であった地域を並べたものである。
- アラスカ (1867年 - 1959年)(現在は、米国の州)
- アメリカ領サモア(1900年- )
- キューバ(1899年 - 1909年)(現在は、独立国)
- ドミニカ共和国(1916年 - 1922年)(現在は、独立国)
- グアム(1898年 - )
- ハワイ(1899年 - 1959年)(現在は、米国の州)
- 太平洋の信託統治領諸島(1944年 - 1990年)(現在は、3つの独立国:マーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオ。および1つの保護領:マリアナ諸島北部)
- パナマ運河地帯(1903年 - 1979年)(現在は、パナマに返還)
- フィリピン(1898年 - 1946年)(現在は、独立国)
- プエルトリコ(1898年 - 1952年)(保護領)
- 米国領バージン群島(1917年 - )
アメリカの旧植民地の多くはその後、独立した国家、アメリカ合衆国の州あるいは自治の保護領になった。
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現代の用法
今日、多くの考えるアメリカ帝国は帝国主義や植民地主義の歴史的な定義・用法には適合していない。しかし、アメリカの影響は従来と異なった慎重な (discreet) 形を呈している。アメリカの軍事的勢力はそれだけで息をのむほどであり、影響力のあるものである。この研究 [1] によれば、アメリカは世界中のおよそ130カ国において、アメリカの軍人によって配置された750の軍事基地あるいは施設を保持している。
「アメリカ帝国」という用語は、ほとんどの国家の中でのアメリカの軍事的、文化的存在を擬人化するために、軽蔑的な表現として使用される。
『アメリカ帝国 (American Empire)』の著者 Andrew J. Bacevich は、冷戦終結後になってアメリカが帝国のように行動し始めていると述べている。
アメリカ内の多くの政治家、学者および政府支持者たちは、すべての意味においてアメリカは帝国であり、またあるべきと主張する。これは、保守主義者が作成したレーガンの"アメリカ新世紀プロジェクト"によって例証される(これは2003年のイラク戦争の決定後に影響力をもつようになった)。PNACの原則 (PNAC's principles) の中では以下のように述べられている。
- 我々は、我が国の「安全・繁栄・原則」に役立つ国際的な秩序の保存および拡張におけるアメリカのユニークな役割に対して、責任を持つ必要がある。[1]
マイケル・ハートとアントニオ・ネグリの『帝国』(*1) の中では、アメリカは、力と主権の新しいグローバルな政権の発達および構造(これはハートとネグリにより帝国と名付けられた)の中心として見られる。この本は、ネオマルキシズム・ポスト植民地主義・ポストモダン哲学の理念およびグローバル化理論に基礎を置いている。本記事で記述したアメリカ帝国と、ハートとネグリの帝国を混同してはならない。
(*1)アマゾン:『帝国』帝国(ハート/ネグリ)






