コンコルド
コンコルドはイギリスとフランスが共同で開発した超音速旅客機(SST)である。
各国が超音速旅客機開発競争に鎬を削る中、英仏両国はそれまで独自に行っていた開発を共同で行う方針に転換した。 1969年2月に原型機が初飛行に成功、1972年6月12日には羽田空港にも飛来している。 コンコルドという名称は、フランス語で「協調」・「調和」などの意味を持つconcorde(英語ではconcord)から付けられたものである。
1976年1月21日から定期的な運航を開始、三角翼を採用した独特の形状を持つ、離着陸時に機首が折れ曲がるなどが特徴的であり、マッハ2の速度で飛行するコンコルドの勇姿は未来を感じさせるものであった。
だが、コンコルドはビジネスとしては成功したとは言い難い。その背景として以下のようなものがある。
- 通常よりも長い滑走距離を必要とすること、またその騒音および衝撃音波により空港を選ぶコンコルドは、欧米間の限られた航路に就航できたにすぎない(アメリカのケネディ空港への離発着が認められるにも、裁判による決着を要した)
- 機体が小さいことにより乗客定員は100人にすぎず、燃料効率も悪いため必然的に高運賃となる(石油危機による燃料価格の高騰がこれに拍車をかけた)
- 旅客機輸送がエグゼクティブ層向けのサービスから大衆向けに広がるにつれ、航空業界はジャンボジェットなどの安価で大量輸送が可能な機体を重視するようになった
- 情報処理技術の高度化等により、ビジネスシーンで人間が高速に移動する必要性が減った
2000年7月25日、エールフランス機がパリのシャルル・ドゴール空港を離陸直後に墜落・炎上、地上で巻き込まれた犠牲者を含め114人が死亡するという大惨事が発生した。小さなトラブルは頻繁にあったようだが、大規模な事故としては初めてのものであった。エールフランスは即日、ブリティッシュ・エアウェイズもイギリスの航空当局がコンコルドの耐空証明を取り消すことが確実視されたことにより、8月15日に運行停止を決定した。
事故調査の完了を受け2001年11月7日に運行が再開されるも、景気低迷下では両社の収益を圧迫する要因となっていた可能性が高い。
2003年4月10日、ブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスは同年10月をもってコンコルドの商用運行を停止することを発表した。エールフランス機は5月、ブリティッシュ・エアウェイズ機も10月24日に最後の営業飛行を終え、後継機の登場を待たずに超音速旅客機は姿を消した。






