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名古屋城

名古屋城なごやじょう)は、尾張国愛知郡名古屋(現在の愛知県名古屋市中区)にあった城郭。尾張徳川家17代の居城。

名古屋城の前身は、16世紀の前半に今川氏の一族によって築かれたとされる那古野城で、のちの名古屋城二の丸一帯にあったと考えられている。那古野城はのちに織田信秀に占領され、その子織田信長の居城となったが、のちに信長が清洲城に本拠を移すと、廃城された。

現在遺構と建物の一部が残る名古屋城は、徳川家康の9男義直の尾張藩の居城として、1610年から西国諸大名の手伝い普請により築城された城である。

名古屋城は、濃尾平野に連なる庄内川の形作った平野に向かって突き出した名古屋台地の西北端に位置し、北に濃尾平野を一望のもとに監視できる軍事的な要地にあたる。古くは西面と北面は切り立った崖で、崖下は低湿地であった。伊勢湾に面した港である南の熱田神宮門前町からは台地の西端に沿って堀川が掘削され、築城物資の輸送と名古屋城下町の西の守りの機能を果たした。

構造は平城で、本丸を中心に二の丸、西の丸、御深井丸(本丸北西に位置する)が取り囲み、西と北は現存する水掘によって防御される。南と東は広大な三の丸が二の丸と西の丸を取り巻き、その外側の現存する空掘に守られた外郭を構成する。これらのことからわかるように、名古屋城は西に向かって防御性を高めており、大坂城豊臣氏などの西国大名が東海道江戸に向かって攻め上ることがあった時、これを阻止する役割を持つ。

天守閣は江戸時代初期の城郭の代表的なもののひとつで、大天守と小天守を連結した形になっており、屋根の上には有名な金鯱(金のしゃちほこ)が載せられていた。明治維新後も、天守閣は本丸御殿とともに破却されることなく保存されていたが、1945年の名古屋空襲の際、焼夷弾に被弾して焼失してしまった。

戦後、官庁街となっている三の丸を除く城址は公園化され(名城公園)、戦災を免れた3つの櫓と3つの門が現存する。一部の堀が埋め立てられるなど改変も受けているが、土塁・堀・門の枡形などは三の丸を含めて比較的よく残る。天守閣も1959年に鉄筋コンクリートによって再建されて、復元された金鯱とともに名古屋市のシンボルとなっている。




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