マルカム3世 (スコットランド王)
マルカム3世(Molcolm III、1031年 - 1093年11月13日)、スコットランド王(在位 : 1058年3月17日 - 1093年11月13日)。マルカム・カンモー(Molcolm Canmore、Canmoreとは大きな頭の意)として、知られる。ダンカン1世とノーサンブリア伯シューアドの妹シビルの間に生まれた。
1040年に父ダンカン1世がマクベスに殺されると、伯父のシューアドにつれられてイングランドに逃れた。青年期まで、サクソン風に育てられた。
1054年にシューアドとともにスコットランドに戻り、スクーンでマクベスを敗走させ、1057年にはランファナンの戦いでマクベスを討ち取った。王位がケネス3世の曾孫ルーラッハ(マクベスの継子)に移ると、その4ヶ月後ストラスボギーでルーラッハを討ち取り、マルカム3世として即位した。
翌年にはスコットランド北端のオークニー諸島の領主でオークニー伯シーガードの長男の未亡人で、ノルウェー王の血を引くイーンガボーグを王妃とした。また、次女をオークニー伯の長男の嫁とし、北の海賊との対策をとった。
1066年にノルマンディー公ギョーム(ウィリアム1世)がイングランドを制圧した。サクソン王ハロルド2世の継承者エドガー・アシリングと妹マーガレットが逃亡の途中で遭難し、スコットランド東岸に打ち上げられた。イーンガボーグをすでに失っていたマルカム3世は、マーガレットと再婚した。
サクソン好みのマルカム3世は、サクソン王の血を引くマーガレットとともに、封建制度を押し進めた。また、宮廷の習慣をサクソン方式に改め、教会の行事や典礼を伝統的なケルト式からローマ式に改革した。(マーガレットは、その功績から後に聖マーガレットと呼ばれることになった)
イングランドへはたびたび侵攻した。しかし、1071年にはウィリアム1世に攻め込まれて、イングランドへの臣従を誓い、長男ダンカン(後のダンカン2世)を人質に取られた。
マルカム3世は、その後もイングランドへの侵攻を繰り返した。しかし、1093年11月13日、5度目のイングランド侵攻において、ついに戦死した。
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