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太平洋戦争

太平洋戦争(たいへいようせんそう)は、昭和16年(1941年)12月8日(日本軍発表日)から昭和20年(1945年)8月15日(9月2日と見なす意見もある)の期間の、日本軍連合国軍との戦争である。アジア・太平洋戦争大東亜戦争とも呼ばれる。第二次世界大戦の太平洋地域における局地戦とも言うことができる。

大東亜戦争という呼称は、昭和16年(1941年)12月10日の閣議決定、「今次の対米英戦争及今後情勢の推移に伴い生起することあるべき戦争は支那事変をも含め大東亜戦争と呼称す」にちなむ(12月12日発表)。

当時、大半のアジア諸国が欧米諸国の植民地支配下にある中で、「大東亜戦争と呼称するは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして戦争地域を主として大東亜のみに限定する意味にあらず。」(情報局発表)として、この戦争は植民地支配下にあるアジア諸国の独立をめざしたとされる。

日本において太平洋戦争という呼称は、第二次世界大戦直後に当時の大東亜戦争という呼称を、GHQにより公文書において使用することが禁止され、その後の言論統制により、利用されるようになったものである。今でもその名残で、一般的には太平洋戦争が使われることが多い。 主戦場が太平洋のみならずアジアの大陸部も含んだことから、近年ではこの戦争をアジア・太平洋戦争と呼ぶことが提唱されているが、この呼称は侵略戦争としての側面を徒に強調するという批判をする者もいる。

Table of contents
1 戦争への経緯
2 戦争の経過
3 戦時体制
4 戦後処理
5 その他
6 戦争の評価
7 関連記事

戦争への経緯

1937年から始まった日中戦争を受け、以前から日本と対立していたアメリカイギリスオランダなどは日本に対して中国大陸への進出を停止するよう交渉を開始した。その中でアメリカ・イギリス・オランダは石油と鉄鋼の輸出制限などの措置をとるようになる。これに危機感を強めた日本はドイツイタリアと日独伊三国軍事同盟を締結し、両者の対立に拍車をかける結果となった。1941年4月から近衛文麿内閣は関係改善を目指してワシントンでアメリカと交渉を開始したが、7月に日本軍がフランス領インドシナへ駐留すると、両者の関係は決定的に悪化し、アメリカは在米日本資産の凍結、日本への石油輸出の全面禁止などを通告した。10月に近衛内閣に代わった東条英機内閣は、アメリカに対する交渉最終案を甲乙二つ用意して最終交渉に当たったが、より譲歩した乙案も拒否され、中国・インドシナからの撤退や日独伊三国同盟の否定などの条件を含む、いわゆるハル・ノートを提示された(11月26日)。これを日本に対する最後通牒と受け取った東条内閣は12月1日の御前会議において、日本時間12月8日の開戦を決定した。

戦争の経過

1941年12月8日(日本時間)、日本軍はハワイ真珠湾マレー半島のコタ・バルとに奇襲攻撃を仕掛け、アメリカ軍・イギリス軍と交戦状態に入った。

1945年8月14日、日本は御前会議においてポツダム宣言の受諾を決定し、8月15日、全国に天皇の肉声でポツダム宣言の受諾を国民に知らせる玉音放送が行なわれ、日本本土での戦争は終結した。
しかし、沖縄や南洋諸島においては終戦を知らない兵士達による局地的な戦闘が散発的に続けられた。武装解除などを経て戦闘が終息した後、降伏文書の調印は9月2日に東京湾上の連合国軍戦艦ミズーリ号艦上にて行われた。

戦時体制

戦後処理

戦後、日本にダグラス・マッカーサーを総司令官とする連合国総司令部(GHQ)が置かれた。

まず初めに戦争責任を追及する東京裁判が開かれ、東条英機らが戦犯として裁かれたが、昭和天皇は戦争責任を問われなかった。またA級戦犯も靖国神社に祭られたことから、現代でも靖国神社への公式参拝については、戦争意識を追及する声が諸外国から問われている。

次に治安維持法の廃止や日本国憲法の制定を行い戦争時の体制を一新した。 また、財閥解体や農地改革など矢継ぎ早に改革を行った。

1952年サンフランシスコ講和条約により連合国総司令部は廃止となり、戦後処理は終了した。

その他

戦争の評価

太平洋戦争の評価については、1990年代より歴史家だけでなく知識人、作家、一般市民などを巻き込んだ議論の的となっている。

一方で、従来の戦争理解について、それが戦争の被害者の立場を強調するものであり、アジアの諸外国に対して行った行為について侵略者=加害者としての立場からの反省が必要だ、とする意見が活発になった。

他方で、そうした戦争理解は自虐的であるとし、結果としてアジア諸国が次々と独立を果たしたこと、その原因の大きな部分が太平洋戦争にあること、などを積極的に評価し、戦争を肯定的に評価する見方もある。

しかしその意見に対し、目的自体はアジア独立でなかったとの反証もあることから、そうした意見を自慰的であると評価する見方もある。

一般的に、中国・韓国は日本の責任を厳しく問う意見が強いが、他のアジア諸国(マレーシア・ インドネシア・バングラディシュ)等は評価する声が大きい。

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