ひかり
1934年(昭和9年)から1944年(昭和19年)まで、朝鮮鉄道の釜山~奉天・新京間に、急行「ひかり」が走っていた。同区間には急行のぞみも走っていた。
東海道新幹線開業以前、九州の国鉄で走っていた急行列車(一時期準急行列車)。1953年4月25日に、博多駅・門司港駅と熊本駅とを結ぶ急行列車として登場した。1960年3月10日に大分~小倉~別府の「第2ひかり」が設定され、従来のひかりは「第1ひかり」と呼ばれることになった。1953年8月1日に準急となったが、1962年10月1日に再び急行になった(同時に、準急「第2ひかり」は準急「ひまわり」に改称)。
東海道新幹線「ひかり」の登場に伴い、名前を譲ることになった急行「ひかり」は2系統に分けられ、博多・門司港~小倉~西鹿児島間は「にちりん」、大分~熊本間は「くさせんり」に改称された。
「夢の超特急」として、東京オリンピックが開催された1964年10月1日に、東海道新幹線に各駅停車タイプのこだまと共に運転を開始した。当初はひかりを超特急、こだまを特急とし、料金に差を設けていた。後に料金を同じにして、ひかりも特急になった。名称は公募で選ばれた。
1964年当時は、東京駅~新大阪駅間は、名古屋駅と京都駅のみ停車であり、東海道新幹線では最速の列車であった。
その後、山陽新幹線の延伸に伴い、博多駅まで運転されるようになった。
1992年3月14日にのぞみが登場し、東海道新幹線の最速列車ではなくなった。途中駅でのぞみの通過待ちを行うようになった。
停車駅は列車ごとによって異なる。新横浜駅や、静岡駅、浜松駅、米原駅等に停車する列車もある。停車駅の多いひかりを、こだまとひかりの中間という意味で「ひだま」と呼ぶ人もいるようだ。急行ひかり号(戦前)
在来線準急・急行ひかり号
新幹線超特急・特急ひかり号






