山城国
山城国 (やましろのくに) は、かつて日本の地方行政区分だった国の一つで、畿内に位置する。現在の京都府南部にあたる。
「やましろ」は、古くは山代と書き、7世紀に山背国という表記で国が建てられた。延暦13年 (794年) 11月7日の平安京命名の際に、桓武天皇が、山河が襟帯して自然に城をなす形勝から、山城国に改称した。
国府ははじめ南山城にあった。現在の山城町上狛にあたると推定される。
8世紀前半から葛野郡に移った。現在の京都市右京区太秦と推定される。
延暦16年 (797年) 8月25日に、葛野郡の地勢が狭隘であるために、長岡京の南に移った。現在の長岡市神足または久貝(南栗が塚遺跡)と推定される。
清和天皇の治世の貞観3年 (861年) 6月7日に、河陽離宮に移った。河陽離宮は嵯峨天皇が造ったが、当時久しく行幸がなかった。放置による破壊の進行を防ぐため、国司がそこで政を行なうことになったものである。位置は現在の大山崎町の大山崎と推定される。
沿革
関連項目






