信濃川
信濃川水系は新潟県、群馬県、長野県を流れる一級水系。このうち信濃川と呼ばれている川は新潟県を流れる一級河川で、長野県に遡ると千曲川と呼ばれる。全長367kmで、日本で一番長い川としてよく知られる。
千曲川は埼玉県・山梨県・長野県の県境に位置する秩父山地の甲武信ヶ岳を源流とし、八ヶ岳等を源流とする諸河川と合流しつつ佐久盆地、上田盆地を北流する。長野盆地で飛騨山脈を源流とし松本盆地から北流してきた犀川と合流した後、北東に流れ新潟県に入って信濃川に名前を変える。信濃川は、十日町盆地を通って越後平野(新潟平野)に出て群馬・新潟県境の谷川岳から流れてきた魚野川に合流、新潟市で日本海に注ぐ。河口は阿賀野川の河口に近く、時代によっては新潟の地で合流して河口を共有していたこともあった。
信濃川は、阿賀野川とあわさって越後平野を形作ったが、同時に頻繁な洪水をもたらす暴れ川でもあったので、新田開発の障害でもあった。戦国時代の上杉氏は治水工事に着手し、江戸時代にも何度か改修工事が試みられたが、洪水の収まることはなく、排水の悪い平野の開発も進まなかった。
20世紀に入って大規模な改修が着工され、1922年に現在の新潟県西蒲原郡分水町の地に信濃川の水を日本海に逃がすための大河津分水路が完成、蒲原地方の排水の便が図られて広大な田が広がる現在の越後平野の姿をもたらした。戦後には新潟市内に関屋分水路が建設され、河口でも洪水の防止がはかられている。
千曲川・信濃川は共に江戸時代から明治時代にかけて川舟による通船が全盛を迎え、流域の物流を担った。河口は古代から蒲原津(かんばらつ)、沼垂津(ぬったりつ)、新潟津などの港が栄え、特に新潟は江戸時代に大きく発展して日米修好通商条約による開港場のひとつとされた。新潟港には現在もロシア、北朝鮮などとの国際便が就航する。地理
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