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朝鮮戦争

朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日)は北朝鮮韓国に攻め込んだ戦争。韓国では、韓国戦争と呼ぶ。

朝鮮戦争の経過

ほとんど軍備の無かった韓国軍は釜山周辺まで追い詰められるが、アメリカ軍の支援により北朝鮮軍を食い止めることに成功した。連合軍総司令に任命されたマッカーサー仁川にアメリカ軍を上陸させ(1950年9月15日)、ソウルを回復する(9月28日)。ソウルと釜山から挟み撃ちにされた北朝鮮軍は敗走を続け、連合軍は平壌を占領し(10月20日)、なおも中国国境付近まで進撃を続ける。

一方国境へのアメリカ軍の急接近に警戒感を抱いた中国は、人民解放軍を派遣することを決定する。日中戦争、国共内戦で鍛え抜かれた中国軍は、人海戦術を駆使して連合軍を押し戻し、平壌を回復し(12月5日)、ソウルを奪回する(1951年1月4日)。

それに対し連合軍は反撃を加えてソウルを再奪回し(3月14日)、戦況は38度線で膠着状態となる。戦況にいらだったマッカーサーは満州原爆を投下しようとするが、ソ連を刺激することを恐れたトルーマン大統領は、マッカーサーを解任する(4月11日)。

この後、停戦が模索され、1951年7月から休戦会談が断続的に繰り返された。1953年7月27日、板門店で休戦協定が結ばれ、事実上38度線が国境線となった。

一年強の間、ソウルの支配者が二転三転する激しい戦闘の結果、400万の死者が出たとされる。この戦争の結果、朝鮮の南北分割は決定的となり、それを背景に双方で独裁政権(李承晩、金日成)が登場した。韓国ではやがて民主化されるが、北側では今なお当時の臨戦態勢のまま、独裁が続いている。拉致や核開発もその背景から考えれば理解できるだろう。

日本への影響

日本は米軍が修理や弾薬を依頼したことから戦後復興に弾みがつき、また対共産国の基地とするために戦犯追及が緩やかになったり、警察予備隊(現在の自衛隊)がつくられて軍備が復活させられるなど、戦後日本の政治経済防衛にも大きな影響を与えた。




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