札幌農学校
札幌農学校(さっぽろのうがっこう)は、明治初期に北海道札幌に置かれた教育機関。北海道大学の前身にあたる。北海道開拓にあたる人材の育成を目指し、東京に1872年に設置された開拓使仮学校(初代校長は荒井郁之助)がその前身。1875年に札幌に移され札幌学校と名を変え、翌1876年札幌農学校と改称した。初代校長は調所広丈、教頭にはマサチューセッツ農科大学学長のウイリアム・S・クラークが招かれた。クラークはわずか8ヶ月の滞在ではあったが、彼に科学とキリスト教を学んだ初期の学生からは新渡戸稲造、内村鑑三、広井勇、宮部金吾、佐藤昌介など、いわゆる「札幌バンド」と呼ばれる人々を輩出し、北海道開拓、さらには日本の教育界に大きな影響を与えた。その後1907年に東北帝国大学農科大学に改組され、1918年に北海道帝国大学が創立されるとその農科大学となった。
観光スポットとして有名な札幌時計台は、もとは札幌農学校の演武場として建てられたものである。






