樋口一葉
樋口 一葉 (ひぐち いちよう、 明治5年3月25日(1872年5月2日) - 1896年11月23日) は 東京府出身の小説家、作家、歌人。戸籍名は奈津で、なつ、夏子とも呼ばれる。
少女時代まで恵まれた家庭に育つ。14歳の時、中島歌子の歌塾「萩の谷」に入門。15歳で兄を亡くし、父が事業に失敗、その父が病気で亡くなり、17歳にして戸主として一家を担うことになったが、母と妹と三人での針仕事、洗い張り、小店経営で苦しい生活を送る。同門の田辺花圃が小説『薮の鶯』で多額の稿料を得たのを知り、自らも小説家として生計を立てようと半井桃水(なからいとうすい)に師事、図書館に通いながら初めての小説『闇桜』を雑誌「武蔵野」(桃水が主宰)に発表。20歳のことであった。このころ、検事になったかつての許婚者が求婚してくるが拒否。生活苦打開のため、吉原遊郭近くの下谷龍泉寺町(現・台東区竜泉一丁目)で雑貨の店を開き、さらに本郷区丸山福山町(現・本郷区西片一丁目)に転居しながら執筆を継続。1894年に『おおつごもり』を「文学界」に、翌年には『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』など発表し、14カ月の奇跡的な作家生活ののち、肺結核のため24歳で死去。






