水戸徳川家
水戸徳川家は、常陸国水戸にあった徳川氏の一支系で、徳川御三家のひとつ。単に水戸家ともいう。徳川家康の十一男徳川頼房を家祖とし、江戸時代を通じて水戸藩を治めた。とはいえ、水戸家当主は将軍の補佐役であるとされ、参勤交代せず江戸定府の例であった。御三家であっても水戸家からは将軍は出さない原則であったが、一橋徳川家の養子に入っていた九代藩主斉昭の子慶喜が十五代将軍となることによって江戸幕府最後の将軍を輩出することとなった。水戸家の支系は、讃岐国高松藩の高松松平家、陸奥国守山藩の守山松平家、常陸国府中藩の府中松平家、常陸国宍戸藩の宍戸松平家の4家を数える。水戸徳川家の歴代当主は比較的短命・無子の者が少なく、江戸時代の後半には他家に養子に出した例が多い。尾張藩の徳川慶勝、会津藩の松平容保は水戸家から高須藩に養子に入った松平義和の系統である。
明治維新後は華族に列し、侯爵を授けられ、さらに公爵にのぼった。十三代当主圀順は、財団法人水府明徳会を設立して伝来の大名道具や古文書を寄贈し、散逸を防ぐ措置を取った。同財団は1977年水戸市の徳川光圀の茶室跡に徳川博物館を開き、その保存・展示につとめている。
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2 水戸徳川侯爵家 3 戦後の水戸徳川宗家 4 関連項目 5 外部サイトへのリンク |
歴代当主と後嗣たち
水戸徳川侯爵家
戦後の水戸徳川宗家
関連項目
外部サイトへのリンク






