満州国
zh-tw:滿洲國 zh-cn:满洲国満州国(満洲国、まんしゅうこく)は、1931年から1945年の間、当時は満州と呼ばれていた中国東北地区に存在した、日本が建てた傀儡国家である。
背景
20世紀前半の日本では、満州の植民地化を目指すロシアの南下政策とそれに代わったソビエト連邦の共産主義拡大が国家安全保障上の最大の脅威とみなされていたため、日本は対抗して日清戦争・日露戦争を通じて満州(中国東北地区)の南の朝鮮半島・遼東半島に進出していた。満州は清朝時代に満州人の故郷として漢民族の植民を強く制限していたため、1912年の清朝崩壊後は権力の空白地帯となっており、軍閥の張作霖が支配を確立しつつあった。満州を日本の生命線と考える関東軍を中心とする軍部・右翼の戦略家たちは張作霖を支持して満州における日本の権益を確保しようとしたが、中国革命の進展によって国民党の勢力が満州に及ぶことを恐れ、1920年代の後半から対ソ戦の基地とすべく全満州の直接占領を企図するようになっていた。
成立
1931年、満州事変を起こして全満州を占領した日本の関東軍は、元首として清朝の最後の皇帝愛新覚羅溥儀を担いで満州国執政とし、1932年3月1日、中華民国からの独立を宣言させた。首都には長春が選ばれ、新京と改名された。1934年には溥儀が皇帝の座につき、1943年に国名は満州帝国(満洲帝国)に改められた。
しかし満州国の独立は世界の大多数の国には承認されず、国際連盟のリットン調査団は満州に対する中華民国の主権を認める報告をしたため、1933年に日本は国際連盟を脱退した。満州国を承認した主要国は、日本とイタリア、ドイツだけである。日本の傀儡政権である汪兆銘の南京政府も満州国を承認している。
特に中華人民共和国では、満州国の非正当性を明確にするため偽満州国と呼ぶ事も多い。
満州において日本が敷設した南満州鉄道は半官半民の国策会社であるが、その功績は大きく中国東北部において鉄道経営を中心に、炭鉱開発、製鉄業、港湾、農林牧畜に加えて、ホテル、図書館、学校などのインフラ整備を行い、日本撤退後の中国経済に大きく役立っている。現在もその当時の建物がそのまま使われているところがある。
戦後
第二次世界大戦が終わると、ソビエト連邦がヤルタ会談の秘密協定にもとづいて満州国を占領した。その後国共内戦において、共産党が早期に東北地方(旧満州)全土を掌握した。







