満州 (族)
満州(満洲、まんしゅう)は、満州族・満州人ともいい、おもに中国の満州(現在の東北地区)に居住していたツングース系民族。旧称は女真。「満州」の漢字は満州語の民族名Manju(マンジュ)の当て字で、元来は「満洲」と表記されていたが、日本では一般に常用漢字をもって「満州」と表記する。
マンジュはサンスクリット語のマンジュシュリー(文殊師利、文殊菩薩のこと)に由来する満州語で、17世紀以前に女直(女真)と呼ばれていた民族のうち、建州女直に分類される5部族(スクスフ、フネヘ、ワンギヤ、ドンゴ、ジェチェン)の総称であった。これら諸部族がスクスフ部出身のヌルハチによって統一され、マンジュ国(Manju gurun, 満州国)と呼ばれるようになり、さらにマンジュ国が海西女直4部、野人女直4部を併合して後金(清の前身)に発展したため、満州の名が広く女直全体の総称として用いられるようになった。ヌルハチの死後、後継者のホンタイジは女直を民族名として用いることを禁じ、「満州」(マンジュ)の民族名が定着した。
多民族国家である清のもとで、満州族は八旗に編成され、軍人・官僚を輩出する支配民族となった。ヌルハチはモンゴル文字を改良して満州文字をつくり、以後の歴代皇帝も満州語と民族文化の維持・発展に努めた。しかし、清が中国支配を開始すると、満州族は北京に移され、次第に満州語は廃れて満州族の間でも中国語が話されるようになり、習俗も中国化していった。逆に、中国を扱った映画などの作品で見られる辮髪やチャイナドレスは元来は満州族の習俗であったものが清の時代に中国に持ち込まれたものである。
このように清朝300年を経て満州族は言語的・文化的に中国社会に同化しつつあるが、第二次世界大戦後は中華人民共和国によって中国の少数民族のひとつ満族(満州族)として認定され、現在に至っている。






