源氏
源氏(みなもとうじ)は、皇族が臣下に下る際に賜る姓の一つ、「源朝臣」を姓とする氏族。
嵯峨天皇以来、身分の低い後宮から生まれた皇子皇女たちの処遇として行われた。上級貴族として皇室の藩塀とするためであったが、実際には3代目以降も上級貴族であり続けた例はほとんどなく、大半は受領階級として地方へ赴任しそこで土着して武士化するか、中下級貴族として細々と生き延びた。
清和天皇の皇子を祖とする武門の清和源氏(源頼朝に代表される)が有名だが、中央貴族としては村上天皇の皇子を祖とする村上源氏が上流貴族として繁栄した。
平安後期以降、皇位継承とは関わりのない皇子皇女たちは出家する慣例が生まれたため、賜姓源氏はほとんど途絶えていたが、江戸時代に入って一家が生まれた。
皇族に賜った姓としては、他に在原朝臣、平朝臣などがある。
次に、おもな源氏を挙げる。
嵯峨源氏
52代嵯峨天皇の子孫。左大臣に上った源融の子孫から渡辺氏、松浦氏が出た。
清和源氏
56代清和天皇の子孫。支流に新田氏・足利氏・今川氏・吉良氏などがある。「八幡太郎」源義家・源為朝・源頼朝・源義経・足利尊氏・新田義貞などを輩出し、征夷大将軍には源氏がなるという慣例を作った。清和源氏の項を参照。
陽成源氏
57代陽成天皇の子孫。清和源氏の源満仲は実は陽成源氏の出自であったとする説がある。
宇多源氏
59代宇多天皇の子孫。源雅信(左大臣)は藤原道長の舅になり、その子孫から4家の堂上家を出した他、近江に土着した佐々木氏は武家として繁栄した。
醍醐源氏
60代醍醐天皇の子孫。源高明が左大臣にのぼったが藤原氏と対立し追放された。織田信長の家臣河尻秀隆の家は源高明の子孫、醍醐源氏を称する。
村上源氏
62代村上天皇の子孫。村上源氏の項を参照。
花山源氏
65代花山天皇の子孫。堂上家の白川家となり、神祇伯を世襲して神道を統括した。
正親町源氏
106代正親町天皇の子孫。堂上家となり、広幡家を称す。
源氏と徳川氏
三河の豪族松平氏出身である徳川家康は、はじめは藤原氏を称していたが、慣例で源氏がなるとされていた征夷大将軍に任官されるために、新田氏の末裔となるべく系図を借り受けて「源朝臣」を称するようになった。こうして徳川氏は清和源氏となり、慶長八年(1603年)に「源朝臣家康」は征夷大将軍と源氏長者に任じられ、幕府を開いた。






